よどみの置き場

怪談……とは限らないこわい話の置き場です。

【人間の……】わかれみち

これは私の父の話である。

 

父は高校生の時に諸事情により、建設作業員として林道の建設に携わっていた。
夏休み中だったこともあり、複数の友人と一緒に最寄り駅近くの旅館に連泊していた。

その現場の近くでは石炭の露天掘りを行っており、採掘された石炭はトラックで輸送されていた。
トラックの運転手さん達は、明らかに地元の人間ではない若者たちに親切だったという。公共交通機関もない地域なため、徒歩で帰ろうとした父たちをトラックに乗せてくれることもあったという。

 

ある日父と父の友人2人は、早く仕事を上がることになった。
片付けを手伝っていると、金子さん(仮名)がトラックから声をかけてきた。
「よかったら乗っていかないか?」
金子さんもまた、若者に親切な運転手の一人であった。

 3人が見渡した感じ片付けには相当時間がかかりそうだった。父に言わせると金子さんの運転は乱暴な面があったという。
そのこともあり、金子さんのご厚意は丁重にお断りした。
金子さんのトラックは道なりに進み、父と父の友人たちは金子さんの進行方向の左に曲がった。

 

結果としてこの行動は文字通り分かれ道となった。

 

金子さんの運転していたトラックは事故を起こした。
事故の詳細は定かではないが、金子さんと同乗していた人は全員亡くなった。

 

石炭の採掘が終わったのはそれから程なくだった。
跡地の近くにある事後現場には、その事故の慰霊のために建立されたお地蔵さんの祠がある。

 

*

ここまでの内容でも十分、人生の分かれ道と感じ入る内容である。ただ、父本人はそれ以上に思うことがあるそうだ。

父は幼少の頃から熱を出すたび幻覚を見ていたという。*1その幻覚には「死神」と呼ぶ黒い物体がちょくちょく出ていた。
だが、この事故以来、高熱となっても幻覚を見ることがなくなったという。

 

「あの日から、俺から死神は離れていったんだ」

父は60半ばになってもこう言ってはばからない。

*1:この記事を書くため検索すると「熱せん妄」という症状名があった。へー